カメラを片手に

遠く若草山の移り変わりと、花々などちょっとした出来事などを綴ります。

応神天皇さんの誕生日

明け方からの雨も午前9時迄に上がり、雨量も6㎜と思ったより降らず、乾燥した大地を

潤すほどにはならず、ほぼ曇り空で薄ら寒く、最高気温も12.4℃止まりの奈良です。

             14時半、11.9℃、42%

 

200年(仲哀天皇9年)のこの日、第15代天皇應神天皇(譽田別尊) 」の誕生日。

父は第14代天皇仲哀天皇」、母は「神功皇后」の第四皇子として生まれられた。

記紀によれば渡来人を重用し、大陸の文化と産業を輸入させて国を発展させたと。

 *なお古事記でも渡来人・和邇吉師が論語儒教)と千文字(漢字)を伝える。

中世以降は、現在まで続く継体天皇皇統の男系祖先で、皇祖神から軍神「八幡神」に。

さらに神仏習合にて八幡大菩薩と称され、各地の八幡宮や神宮寺に祭られた。

 

廟所大阪府羽曳野市誉田(こんだ)の「誉田御廟山古墳」で、宮内庁治定では

恵我藻伏岡陵」とされ、墳丘長さ420mに及ぶ前方後円墳で古市古墳群の一つ。

      

               2024.5.3拝所にて

河内名所図絵によれば、北に御廟と南側に「誉田八幡宮」が描かれている。

 

            1838年の誉田八幡宮の初穂絵

 

2024年5月3日に応神天皇陵の次に誉田八幡宮を訪れたが、拝殿大屋根吹き替え工事中

拝殿から本殿に向かい拝礼しました。

 

誉田八幡宮」の縁起によれば、応神天皇崩御されたあと、559年(欽明天皇20年)に

任那の復興を目指し御陵前に神廟が設置されたことをもっての創建されており、

最古の八幡宮称されている。

 

ただ八幡宮の総本社は「宇佐八幡宮」、その縁起は・・・

571年(欽明天皇32年)に、その神霊が豊前国宇佐に初めて示顕したと伝わり、八幡神

なられた。(本来は宇佐の土着神)

主神は誉田別命、母の神功皇后比売神を合わせて八幡三神として祀られている。

この習合の始まりは奈良時代後期から平安時代初期とされるよう。

 

誕生日といえば、孫二人の誕生日会を先日一緒にお祝いをしました。

五番目の孫は15歳、最後の6番目の孫は10歳、皆大きくなり、食べる量にはびっくり!

二人の希望の誕生日プレゼントを贈り合っていました。

 

少し早いが、Xmasを兼ねて、6番目の孫の自作「レモンケーキ」と「シュトーレン」も

だされたので(聞いていない)、Xmasプレゼントはお金で上げれば我が財布は空に。