カメラを片手に

遠く若草山の移り変わりと、花々などちょっとした出来事などを綴ります。

熊野古道・伏拝王子から熊野本宮大社まで

深夜の12.5℃から下がりはじめ、朝10時前に朝の最低気温5.6℃から少し上がり6.7℃が最高気温で、そこから下がり続け、夕方には1℃台、明日朝は氷点下1℃に・・・。

強い西風を伴い体感温度は低く、本格的な寒気の襲来で、明日いっぱい残る。

              10時半、6.4℃、35%

 

今日は主に関東地方では「鏡開き」、7日までは松の内年神様に供えられた鏡餅

げ、11日に手や木鎚で割るか砕いて後、雑煮や汁粉にして食べ、一家円満を願う行事。

一方関西では1月20日というが、奈良では1月15日、京都は早く1月4日とされている。

鏡開きは武家社会の風習が一般化、というのも刃物で切るのは切腹を連想させること

から、「切る」という言葉をさけ、運が開けるなど「開く」という縁起の良い言葉に

 

前回の続き12月23日、熊野古道・中辺路、発心門王子から熊野本宮大社迄7㌔の内、

今回は残り半分の伏拝王子から熊野本宮大社までを。

 

伏拝(ふしおがみ)王子跡、雨の中たどり着いた休憩所でトイレ休憩、そして温泉コーヒ

ーと看板があり、楽しみにしたが暖かなコーヒーは休業でした。

 

伏拝王子は、京都から260㎞歩いて12日前後でたどり着き、ここから遥か彼方の中州

に本宮が見えることから、感動のあまり「伏して拝んだ」ことからと。

*皇太子行幸所の碑が有り、雨でよく判らないが、多分谷間に石鳥居が見えるはず。

 

さらに伝説で、女流歌人和泉式部」が、本宮を目前にして月のさわりとなり、参拝を

断念しようとしたが、熊野権現が快く受け入れられたという。

それで和泉式部の供養塔⇓と一定の距離を示す13世紀の笠卒塔婆👇がある。

        👇                    ⇓

 

キイジョウロウホトトギス」が植えられており、9月には咲くそうです。

 

サザンカが咲く道を通り、山の中へ。

南無大慈観世音菩薩の石碑がぽつんと

      

雨で少し滑り、気を付けなくては

 

小さな谷を橋が架かり「右かうや、左きみい寺」と彫られている。

     


中辺路と小辺路がそっと出会う場所「三軒茶屋跡」橋が架かり渡ればトイレがある。


九鬼が口関所跡という門を抜けて、トウカエデの紅葉がまだ残っていた。

 

また山に分け入れば、石畳の登りです。

      

 

下りになり途中に「ちょっと寄り道・大斎原展望台」への案内板です。

夕闇が迫ってきていますが、せっかくなので行くことに。

      

 

大斎原展望台に着けば大斎原が望め、日本でも二番目の大きさの大鳥居と森の中に

本宮大社、明治の大水害で山へ御神体等は移されている。

 

参詣道に戻ってきました。

 

石畳道を降れば「祓殿石塚遺跡」という。

宝篋印塔の一部のレプリカと横に石塚も・・・

 

急に団地が見え、その横の細い道を下り、団地内へ。

団地を抜けるところに「祓殿王子跡」がある。

日本第一の霊験の熊野三所権現では禊や祓いが重視され、熊野本宮参詣の最後の祓いを

するために設けられている。

1109年藤原宗忠は水呑王子参拝の後、ここで祓いを済ませられ本宮へ入られたと。

      

 

朱色の鳥居が目の前に、熊野本宮大社へお参りさせていただきます。